遥かなる わがヨークシャー (Faraway My Yorkshire)

ノース・ヨーク・ムーアズ (North York Moors)

71 ロバート・トンプソンのハツカネズミ [キルバーン] (Robert Thompson's Mouse, Kilburn)

 キルバーンといえば、この村の名を世に知らしめている、もう一匹の動物のことを忘れるわけにはいかない。「ロバート・トンプソンのハツカネズミ」である。
「キルバーンのハツカネズミ男」と呼ばれた家具職人のロバート・トンプソンは、1876年にホワイト・ホースの麓の村キルバーンで車大工の息子として生まれた。
 彼はまだ少年のころから、リーズの南西にあるクレックヒートンというところの工場で、見習工として働いていた。
 その時代の彼の楽しみは、休暇でキルバーンに帰る途中に、遠まわりをしてリポン大聖堂(水彩画31)に立ち寄り、そこにある多くの中世の彫刻を見ることであった。
 それらの彫刻は、ウィリアム・ブロムフレットという彫刻師を親方とする職人集団によるもので、中世イングランド彫刻の最高傑作されている。若いロバートは、それらの彫刻と、それを可能にした巧みな技に、おおいに魅了されるのだった。
 二十歳になったとき、ロバートはキルバーンに戻り、父のもとで家具作りや車大工の仕事をするようになった。そのかたわら彼は、独学で彫刻の技術を研究するようになった。とはいっても彼は、家具作りや車大工の仕事ばかりでなく、頼まれ仕事はなんでもするといった、村の職人にすぎなかった。農家の家の修繕や学校のペンキ塗りもやれば、棺さえつくることもあった。
 彼の転機は1919年、43歳になったときにあった。キルバーンから東へ7kmほど行ったところにあるアンプルフォースのネヴィル神父に頼まれて、オーク材で大きな「十字架上のキリスト像」を彫ったのである。その出来栄えは、見る者を圧倒し、それこそ中世の匠の技の復活を思い起こさせるものであった。
 このあとしだいに、ロバートのもとには教会関係の仕事が入ってくるようになり、彼は家具職人としてばかりでなく、彫刻師としても知られるようになった。
 ロバートは、[樹木のなかの王」とされるイングリッシュ・オークだけを使った。しかもすべて無垢材である。オーク材は、工具をはね返すほど硬くあつかいにくかったが、粗いながらも力強い美しい木目をもち、また木材のなかで、もっとも耐久性があったからである。
 彼の家具のデザインは、格子造りの背板をもった椅子に見られるように、簡素で素朴、農民の家具を思わせるものだった。
 ローバート・トンプソンの家具のもっとも特徴的なものに、テーブルなどの表面の仕上げ方がある。彼は、板の表面を荒削りするときに使う「アズ」という――ちょうど日本の「ちょうな」のような――道具を用いて、表面に「さざなみ」のような大きな削り跡を残したのである。
 わたしは、テーブルの表面に付けられたわずかなうねりを撫でるたびに、それがオークの、粗く力強い木目とよく合っていると思う。
 ロバートが「キルバーンのハツカネズミ男」と呼ばれるようになったのは、彼が世に出る前から、自分の仕事の証として、すべての家具の一部に小さなハツカネズミを彫り付けるようになったことにある。
 そのハツカネズミは、ヨークシャーの片隅で、だれにも知られずに、貧しい教会に棲みついたハツカネズミが飢えて木をかじるように、ただひたすら黙々とオーク材を削っていた、無名の時代のロバートを象徴するものであった。そのハツカネズミがのちに、彼のトレード・マークとなったのである。
 アンプルフォースには、ネヴィル神父が校長をしていた学校がある。そこに、ロバートが「私の部屋」と呼んでいた図書室がある。彼が時間をみては少しずつつくり、35年の歳月をかけて完成させたもので、入口のドアから本棚、閲覧用の机や椅子など、すべての備品が彼の手になる。
 ロバート・トンプソンは1955年に亡くなったが、彼がつくりあげた家具のスタイルと技は、ふたりの孫によって受け継がれた。いま家具工房「ロバート・トンプソン」は、30人以上の職人たちによって支えられている。そしてそこでつくられる家具には、どこかに、かならず1匹のハツカネズミが彫られている。
 この地域は木工が盛んなところで、ハズスウェイトには「リス男」の、クレイクには「トカゲ男」の工房がある。記憶が正しければ、ドングリをトレード・マークとしているところもあったと思う。そしてそれらの工房でつくられる家具のどこかには、それぞれのトレード・マークが彫られている。
 わが家には、18匹のハツカネズミが棲みついている。そして彼らは、きょうもカップボードの隅やテーブルの脚、椅子の脚をかじっている。
 また、1匹のリスも棲みついている。リス男によってナッツ・ボールの真ん中に彫られたリスである。そのリスは、ナッツが入れられるのを、いつもじっと待っている。

 水彩画に描いたのは、ダイニング・テーブルの太い脚に彫られたハツカネズミで、鼻の先からしっぽの先まで15cmである。


キルバーンにあるロバート・トンプソンの生家
(現在は工房の事務所と製品の展示室になっている)
<Robert Thompson's Cottage, Kilburn>


ロバート・トンプソンのロッキング・チェアと八角形のテーブル

I cannot forget another animal, which has made this small village of Kilburn famous worldwide, the mouse of Robert Thompson.
Robert Thompson, a furniture craftsman called "the Mouseman of Kilburn", was born as a son of a wheelwright in the village under the White Horse in 1876.
When he was a young boy working for a firm at Clekheaton as an apprentice, his pleasure was to see the masterpieces of mediaeval carvings in oak wood of Ripon Cathedral on the way he came back to Kilburn on holidays. The carvings were works of a mediaeval master carver, William Bromflet. Young Robert was so fascinated by the carvings and the craftsmanship of Bromflet.
When he was twenty, returning to Kilburn to become a joiner, carpenter and wheelwright, joining his father, he began to learn the carving skill by himself. But he was no more than a young village wheelwright to do anything when he was asked.
His turning point as a craftsman came when he had carved a large cross of oak asked by Father Paul Nevile of Ampleforth, a village 4 miles to the east of Kilburn. The work showed excellent craftsmanship reminding people as if it were the revival of mediaeval masterly performance.
After this, he gradually got orders for ecclesiastical works and came to be known as a carver and a craftsman of furniture.
He used only English oak and the designs of his furniture were simple such as a chair having a lattice back, which reminded me of an old farmer's one.
The most distingushed feature of his work was the finishing surfaces of tables. He gave them the tooled effect like ripples by using an adze, a mediaeval tool to rough out the surface of plates.
I have his tables, and whenever I stroke the ripples of them, I think they are matching the coarse, rough, powerful and beautiful grain of oak.
The reason why he was called the Mouseman of Kilburn is that he carved a mouse on somewhere of every item and it became his trademark later.The mouse symbolises his early days' situation, chipping oak, being as poor as church mouse without being known to anybody, but he kept on working in a quiet nook in Yorkshire.
Woodworking is prosperous in this area, and there are also a squirrelman in Husthwaite and a lizardman in Crayke. If my memory is correct, there is also a craftsman using an acorn as his trademark.

I have Robert Thompson's lovely 18 mice. They are nibbling the legs of tables and chaires and the corner of a cupboard today too. And a squirrel carved by the squirrelman at the centre of a nut bowl is always waiting for nuts to be put into the bowl.



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