遥かなる わがヨークシャー (Faraway My Yorkshire)

リーズ (Leeds)

5 ヘアウッド・ハウス (Harewood House)

 リーズの中心部から北へ12kmほど行った郊外に、もう一つのカントリー・ハウスがある。7代ヘアウッド伯ジョージ・ラセルズの館、ヘアウッド・ハウスである。
 7代伯の母親はジョージ6世(在位1936-52)の妹で、エリザベス女王は7代伯の従妹にあたる。
 ラセルズ家は、先祖をたどると征服王とともにフランスからやってきたノルマン人であるが、貴族ではなかった。中世以来、判事や州長官、議員、軍人を輩出してきた地主階級である。それがカントリー・ハウスを建てるまでになったのは、このヘアウッド・ハウスを建てたヘアウッド卿エドウィン・ラセルズの父ヘンリーが、西インド諸島のバルバドス島の砂糖の取引で莫大な富を得たからだという。
 ヘアウッド・ハウスが建てられたのは1759年から1772年にかけてである。そのときの設計は、パラーディオ様式の建築家ジョン・カー・オヴ・ヨークの基本設計に、新古典主義様式の建築家ロバート・アダムが手を加えたものだった。
 ところが館は、1840年代に、3代ヘアウッド伯ヘンリー・ラセルズによって、外観がいまのゴシック様式に大きく改造された。そのときの設計は、前出のチャールズ・バリーによるものであった。
 改造まえの館の姿は、館内に展示されている、トマス・モルトンやトマス・ガーティンらの水彩画で知ることができる。
 内装のほとんどは、ロバート・アダムの設計によるもので、彼の傑作の一つとされている。
 館の各部屋をまわり、壁や天井の装飾模様を見ていると、ふと、どこかで見たことがあるような気がした。そしてウェッジウッドの、植物文様などの新古典主義的なデザインを思い出した。
 陶器メーカーのウェッジウッドの創始者ジョシア・ウェッジウッドは、ロバート・アダムの同時代人であった。彼らの時代、軽やかで繊細な新古典主義の装飾は、非常に人気があったのである。
 ロバート・アダムも、18世紀後半のカントリー・ハウス、とくにその内装の設計には、欠かせない建築家だった。また、彼の設計を形にしたのが、漆喰職人のジョセフ・ローズだった。彼もまた、この時代のカントリー・ハウスの建設には欠かせない存在であった。
 家具の多くは、トマス・チッペンデイルによるものである。

 カントリー・ハウス巡りの楽しみは、各時代の流行や好みを反映した館の建築様式や、それをとりまく広大な庭園を見てまわることにある。また、そこに展示されている美術品などのコレクションを見てまわることにもある。なかには、美術史にでてくるような巨匠たちの絵画や、そこでしか見られない門外不出の美術品もあるからである。
 ヘアウッド・ハウスのロング・ギャラリー(広廊下)に展示されているイタリア・ルネッサンス絵画のコレクションは、個人のものとしては、イギリスでももっとも優れていると言われている。
 そのほかに、イギリスの画家の作品も多数展示されている。その規模は、優に一つの美術館に匹敵するほどである。
 ここのコレクションでわたしが気に入っている絵の一つに、イギリスの画家ジョシュア・レイノルズによる肖像画『レディー・ウァーズリー』がある。木陰で、朱色の衣装に羽飾りのついた黒い大きな帽子をかぶって佇んでいる婦人の絵である。この絵の朱色と黒の対比はじつにあざやかで、ヘアウッド・ハウスの至宝といえるものである。わたしはこの絵を見たさに、わざわざ出かけて行ったときもあるくらいだった。
 ここの風景式庭園も、ランスロット・ブラウンの設計によるものである。館の南側にある湖は、ウォーフ川にそそぐ小川をせき止めてつくったもので、広さが12haもある。

 この水彩画は、館の正面になる北側を描いたものである。

 ところで館の名前についている「ヘアウッド」は、この地域の名前に由来している。直訳すれば「野ウサギの森」である。いかにもおとぎ話に出てきそうな愛らしい名前である。
 「ヘア」で思いだしたことがある。
 イギリスの町の肉屋の店先には、よく、屠殺されて皮を剥がれた羊が丸ごと何頭もぶら下がっている。それと並んで、まだ毛皮を着たままの野ウサギがぶら下がっていることがあった。
 あるとき大学のS博士に、「イギリス人はラビットもよく食うのか?」と訊いたことがある。すると博士からは、「あれはラビットではない。ヘア(hare)だ!」と、すこし不愉快そうな答えが返ってきた。そして「ヘアを食べる者もいるが、わしは食べない。」ともいった。
 そこで図鑑で確かめてみると、たしかに同じウサギでも、ラビットとヘアはまったくの別種であることが分かった。体つきが丸い感じのするラビットにたいて、ヘアはスラッとしていて、大きさはラビットの2倍近くもある。そして耳と脚が、より長い。
 ところで、S博士は「イギリス人はラビットは食べない」と言っていたが、たしか――ピーター・ラビットのお父さんはマグレガーさんの畑で捕まって、マグレガ―さんの奥さんにパイにされてしまった――はずだが。

  
  ロバート・アダムによる"折上げ"の装飾模様の一例

Another famous country house, 7 or 8 miles to the north from the city centre, is Harewood House, the home of the Earl and the Countess of Harewood.
This house was originally built in the Palladian style designed by John Carr of York and partially the neo-classical style was added by Robert Adam from 1759 to 1772. Then in 1840s, the house was remodelled into the Gothic style by Sir Charles Barry who designed the new House of Parliament in 1836 for which he was knighted. The house, before the remodelling, was painted by Thomas Malton, Thomas Girtin and J. M. Turner in watercolours.
Most of the interiors designed by Adam remain without any changes until today and they are said to be his masterpieces.
When I was looking around the rooms of the house, I felt that I had seen the decorative patterns of walls, coves and ceilings of them before. Then I remembered the designs of Wedgwood, chinaware. Later I found that Josiah Wedgwood, the founder was a contemporary with Adam, and they lived in the same period when the elegant and exquisite designs of the neo-classical style were very popular.
I also found a lot of furniture made by Chippendale.
It is said that the Italian fine art collection of the house is one of the most superb private ones in England. The house also has lots of English artists' pictures.
Among them, the one entitled "Lady Wordsley", painted by Joshua Reynolds, is my favorute. The lady in the picture wears a bright scarlet dress and a black hat on her head. The combination of scarlet and black of this picture is so exquisite. One day I visited the house only to see this picture. I can say that the picture is one of the greatest treasures there.
The vast landscaped grounds of Harewood House were designed by Lancelot Brown and the lake of 30 acres was built by damming up a stream flowing into the River Wharfe.

The name of the house comes from the one of this area, which means a wood inhabiting hares. Being a lovely name, it seems to appear in fairy tales.
I often saw hares hung from hooks next to carcases of sheep at meat shops in shopping centres. One day I asked my teacher Dr S whether English people ate rabbits. Then he replied unpleasantly, "Butchers do not sell rabbits but hares". He also said some people ate hares but he did not!
But I read that Peter Rabbit's father had an accident in Mr McGregor's garden and was put in a pie by Mrs McGregor.


*パラーディオ様式(Palladian)  イタリア・ルネッサンス建築の巨匠アンドレア・パラーディオ(1508-80)が
確立した様式で、18世紀にイギリスで大流行した建築様式。古典様式と同義。シンメトリとプロポーションを重視し、装飾性を抑制した荘重な建築様式。建物の正面中央のポーティコウ(玄関柱廊)やその上のペジメント(三角破風)を特徴とする。この様式をイギリスにもたらしたのは、イギリスで最初の建築家とされるイニゴ・ジョーンズ(1573-1652)で、1610年のこと。しかしこの様式はすぐには受け入れられず、彼がまいた種が芽を吹いて花を咲かせたのは100年もあとのことだった。この様式の代表的な建築家に、コリン・キャンベル、ウィリアム・ケント、ロバート・テイラー、ジェイムズ・ペインらがいる。

*ジョシュア・レイノルズ、サー(Sir Joshua Reynolds, 1723-92)  18世紀イギリスの代表的な肖像画家。1768年に創設されたロイヤル・アカデミーの初代会長を務めた。同時代のトマス・ゲインズバラ(1727-88)と並ぶ肖像画家の巨匠。


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